top of page

人間として成長できた

 

By 松下葵

 

滞在場所:ジョージア州

滞在期間:4年間

学年:高校2年生

 

私は5歳から9歳までアメリカのジョージア州に住んでいました。ある日、突然、母から「アメリカに行くよ」と言われ、アメリカが何なのか分からぬまま、気が付いたらアメリカに降り立っていました。

 

しばらくして、ここは日本とは遠く離れたところで、大大大好きな祖母にも友達にも会えないところだと知りました。

 

幼稚園卒園までは日本人幼稚園(聖学院アトランタ国際学校)に通い、小学1年生からは近くの公立の現地校(Berkeley Lake Elementary School)に通いました。英語が全くと言って良いほど出来ない状態でいきなり現地校に入学したので、本当に本当に辛かったです。

 

小学校1~2年生は私の今までの人生の中で一番辛かった時期と言っても過言ではないでしょう。

 

伝えたいことがあっても英語で表現できない上に、皆の勢いが凄くて怖気づいてしまい、2年間ほぼ全く英語を話しませんでした。いつの間にか私のあだ名はShy Girlとなっていました笑

 

しかし、毎日欠かさず英語の勉強をしたり、担任の先生が英語の本を読んでくださったり、ほぼ無言の私に対してもクラスメートが諦めず話しかけ続けてくれたおかげで小学校2年生の終わり頃から少しずつコミュニケーションがとれるようになりました。意志疎通が出来たときの喜びと感動は忘れられません。

 

今でもこの辛かった経験を良く憶えています。

 

あの頃はただ辛いだけでしたが、今思い返してみると、毎日たくさん悔しい思いをし、たくさん泣き、たくさん努力し、なんて有意義な時間を過ごしていたのだろうと思います。

 

持論ですが、外国語というものは、生きるか死ぬかの状況に接していない限り上手にならないと思います。コミュニケーションが出来なければ生きていけない状況下に置かれたとき、人間は初めて外国語を生きるためのツールとして習得するのだと思います。

 

心を鬼にし、自分を辛い環境下に置いてみてはいかがですか?人間は辛いと感じたときにこそ成長できると信じています。留学を通して、言語を習得するだけでなく、人間として一回り、いや、二回り大きくなることが出来るでしょう。

bottom of page